出典 Pinterest
  ボディー・マインド・スピリットの子育て


三位一体(さんみいったい)

三つのものが力を合わせて一つになること。

【考えるポイント】

この課題は、子供が大きくなってもず~っと尽きることのない疑問です。
私自身のことでも、きっと死ぬまで自身の内に問いながら、生きていくことでしょう。



ーランディー由紀子ー


いや~、朝目が覚めてウトウトしている時

突然この図が頭の中に浮かんできたのです。



79BMS


Thanks God!

私が言いたいことはこの図にある通りなんです。
この図が言いたいことを全て表しています。


B = Body

M = Mind

S = Spirit

マジマジと右脳で見てやってください。



私たちが育てている子供たちは、光に包まれているのよ~~ん。

ん?光そのものと言っていいかもしれん。。。

あのね、この図はね、愛なんザンス。


(きたきた、いきなりきた)




愛って言ってもね、無償の愛のこと。
親が子に対する見返りを求めない愛ってことです。

親が子を愛するっていうことは、親が自分自身を愛することと
等しいことなんザンス。


えー、丸がなんで黄色かっていうと、これは光なんですね。

あなたが“私、私、私の人生!”とか、“私の幸せはどうなのよ!”

なんてことを忘れて・・、つまり我を忘れて

無我の境地で、子供を無心に無償に愛している時

あなたの子供の笑顔は、あなたの笑顔になりますよね。

または逆に、あなたの笑顔があなたの子供の笑顔にもなりますよね。

その愛が固まりになって強くなった時には、

きっと、あなたから光が放たれることでしょう。

その愛を与えられた、あなたの子供からも光が放たれます。

そうして、一人一人から光が放たれたらどうなるか・・・

世界のコースが変わります。


でも誰が世界を変えようと思って、毎日の子育てをするかい?

そんな途方もないことをモチベーションにして毎日生活できるかい!?

だいたい私たちが愛の力を持って、一体なにをどーしたらいいのさ?

えっ、ですから、一人一人がですね、無償の愛を持って
ボディーとマインドとスピリットを育む子育てをするんですよ。

(と、一人会話が続いておりますが・・)




ところでBMSってなんなの?


それではマクロに説明させて頂きたいと思います。


BMS子育てのBody ボディーとはつまり体です。

(そのまんまじゃん)


Mind マインドとは、知性、知識、教養、理論、分析、記憶などなど・・・


スピリットが水だったらマインドは蛇口です。

スピリットがあなたの頭の中で奏でる音楽だったら、
マインドはそれを演奏するバイオリンです。

スピリットが宇宙の法則を感じたら、
それを物理と数学で証明しようと努力するのがマインドです。


私は今、スピリットで感じていることを
マインドを使って言葉にし、あなたにスムーズに伝わるようにと
頭を使って書いているつもりです。
だから、これがあなたに伝わってなかったら、
私の頭が悪すぎってことです。


で、最後のSpirit スピリットですが、これが怪しいんでしょ?

はははっ~ 


ではいつもの通り、何の脈略もないような、
しかも、更に怪しいお話をば・・・


考えない親に考えられる子供は育たない!
一緒に考えよう『ボディ、マインド、スピリット』の教育





あれはうちの子が4、5歳の時でした。
チャイナタウンに行ったんです。

息子は、いかにもチャイチャイしたお店の窓に、へばりついていました。
そして、どーしても陰陽のマークの入った、磁気ボールが欲しいと言ってます。

実は、息子に「買って、買って、買って、買って」とせがまれたのは、
この時が始めてでした。

うちの子がお菓子でもおもちゃでも、お店で買って買ってと
駄々をこねたことは、それまでなかったのです。

なのに私たちは言いました。

「そんなもん買わないよ」

そしたら息子、今度は頑として動かない。

目からは(絶対に欲しい)光線出てるし・・。

ただならぬ氣を感じた私は、

今まで買って買ってって言ったことない子が、
こんな妙な物をこれだけ欲しがってると言う事は、
なにか訳があるのかもしれないと思い、
中国製陰陽磁気ボールを買ってあげました。
(どーせ、5ドルかそこらだったし・・)

チャイナタウンからの帰り道、
車の中でチャイルドシートに坐っている息子は
その陰陽のボールを大事に大事に眺めては触っています。

「それ何なの?」って聞くと。

「エネルギー」

ぬぬっ。

陰陽はエネルギーなのか・・知らなんだ。

私は運転している夫にヒソヒソと
「このシンボルがエネルギーだって教えたことある?」
と聞きました。

「そんなの知らない」と夫。


79inyou



そうです。

息子は誰にも教わったことがないことを知ってたんです。

あなたの子供にも、誰も教えてないのに知ってること、
きっとたくさんあるはずです。

そして、私にもあなたにも、もっともっと、
知ってることや、感じることや、察知できることがあるのです。


そこにどうやってリーチするか、、、
そこにどうやってたどり着くか、、、


宗教じゃない、修行じゃない、滝に打たれる必要もない。

ただ、無我になって無償の愛で、BMSを育む子育てをするんです。

それには、あなた自身があなたを愛し、Body Mind Spirit を磨くんです。


♪ ボディーを磨くのは、BMSソープ ♪

♪ マインドを磨くのは、BMSビタミン剤 ♪

♪ スピリットを磨くのは、BMSアロマ ♪


をお試しください。



ウソウソ、そんなもんないよっ


さて・・・

うちの子の怪しい話はもっとたくさんあるのですが、
親ばかの私が自分の子供の話をしだしたら、止まらなくなっちゃうので・・・




あと一つで終らすわ。



現在、息子は13歳ですが、彼は12歳の時から仏教徒になりました。

*これを書いたのは2005年です


私がインターネットをサーフしていると、
息子が後ろから忍び寄って来て、突然、


「仏壇買って」って。

「ぶ・つ・ダン?」

「何で仏壇?」

「ボク仏教徒だから」

「って、いつから仏教徒になったのよ?」

「生まれた時から」

「へ~そうだったの。それは知らなかったな~」

「だから仏壇買ってね。あとボクが行くお寺探しといてね」


なんだか分かりませんが、とにかくお寺は探しました。

彼は今、ヒューストンにある禅のお寺に週に一回行ってます。

でも、息子よ、仏壇は高くて買えないよ。


息子の師であるお寺のお坊さんは

「彼とは前世からとても深い知り合いでした」

って、息子に仏像セットをくれました。

それで、今は仏壇の代わりに仏像セットを子供部屋に置いて、

子供が自分でお水とお線香をあげています。

シブすぎ。


実はその後、反抗期のティーンエージに突入した後・・・

彼は今度はクリスチャンになると言って、聖書を勉強しだしました。

分からんもんです。

プリスクールはクリスチャンの学校でした。
また仏様の話よりもキリストの話の方が
彼の耳には多く入ってきてたはずです。
(カウボーイ教会とか、ロックバンドがゴスペル歌う教会とか連れてったことあるし)

でも私たちは宗教団体に属したことがありません。

ただ、子供が将来、自分で宗教を選択できるよう、
または何も選択しないということも選択できるよう、
とにかくオープンマインドにして、偏った見方を押し付けてはいけないと、
私たちは細心の注意を払い、イスラム教でもユダヤ教でも
キリスト教でも仏教でも、小さい頃から平等に教えていたつもりです。



親子でも、なぜこの世に生まれてきたか、その目的と使命は違うんですね。

親でも子供の魂の目的や使命をコントロールできないのね。

この子は何しに今生に戻ってきたのか?

魂をどのように磨くために、何を学ばなければいけないのか?

同じ質問は自分のことでも言えます。

私は何しに今生に戻ってきたのだろう?

この子を育てることで、私が学ぶべきことはなんなのだろう?

実は、私自身、今でもそんな質問を常に自分に課しています。

物や事は流動的。

一度分かったと思っても、物事は常に流れているので、

同じ所に“分かってる”とふんぞり返っていたら、

成長できなくなっちゃうもん。



子供のスピリチュアルな成長で親ができることは、

“子供を一つの魂として丸ごと認めてあげる”こと。

丸ごとというのは、上から見ても下から見ても、前から見ても後から見ても、

どこから見ても、子供のそのまんまの姿をそのまんま受け入れるということです。



そして子供が経験することを “魂を磨くための修行”だと思い、

時には子供と一緒にスピリチュアルの旅を共にし、

時には、師になって子供を厳しく突き放し、

または、暖かく見守るサポーターであったり・・・

あなたとあなたの子供は、今生で親子になったことで、

共に成長していく同胞なのではないかと、思っている次第です。





ランディー由紀子


ー次につづくー



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▼ 編集後記 ー@英語本スタッフー

*ランディー由紀子さんのブログ記事の元は2005〜7年に書かれたものを
再編集しています。


私たちが合い言葉のように、お経のように(ちょっと大げさか?)唱えている
「ボディ・マインド・スピリット」の三位一体教育というものは、こうしてみ
ると至極当たり前のようにも思います。

でも、実際に子育てをしてみるとわかったのですが、目の前の子どもを見てい
るとついつい、どこかに片よりがち〜。概ね、マインドあたりでしょうか?

学校での学習や習い事、勿論できないよりできた方が良いのですが、これが
蛇口(←例えば)だと思いながら、皆さんは接していらっしゃいますか?

私はそういう意識がとても希薄でした。


だから、蛇口が今ひとつだと水を出すことなんて二の次になって、水なんだか音なんだか色なんだかほっておいて、蛇口マーケットに急いでいました。

今でも迷いはたくさんあります。


でも、気付きがあれば、蛇口マーケットだけが全てではなく、見るところ感じるところは他かもしれないな、と冷静になれることも覚えました。

最近の課題はボディー。
でもこれって、私自身がまず何とかしないといけない課題かも〜と思っています。

まぁ、大体そうなんですけどね〜。まずは私自身〜。