緊急時の真実


浅い川も深く渡れ

ささいなことでも用心せよという戒め

今回のテーマは「緊急時の真実」。マミ〜がヒューストンに住んでいた頃に、大型ハリケーンRITAが襲来した時のお話です。龍の背中とも例えられる、地震大国日本で生きている、私たちにはとても考えさせられる内容です。(英語本スタッフ)


2005年、テキサス州ヒューストンに住んでいた私たちは
ハリケーンRITAのため、サンアントニオという町に避難しました。

 ■ハリケーン・リタ


RITAのニュースが報道され始めた時点で
私はガソリンを満タンにし、必要な物を購入しました。

その時にはまだ、スーパーやガソリンスタンドに
長打の列はありませんでした。

そして翌日、私は朝のニュースを見て、夫と息子を起こしました。


「今日は二人とも学校行かなくていいよ」って。

夫には職場に連絡するように、息子には
1日くらい学校休んだってどうってことないと説明しました。


報道は次第に凄まじくなり
RITAがカテゴリー3から4になったとか
ヒューストン市長が避難の要請をテレビでアナウンスしたりと
緊張が高まっていきました。

私たちはその時点では、すでにパックも済んで
出かける用意を済ませてました。

初めは人のお家にお世話になるとは
考えていなかったのですが、なぜか私の指が勝手に動いて
お友達の家に電話していました。

そして、犬まで“ウェルカム”で、お世話になることになったのです。

しかも早目に出かけたので、道路もさほど混んでおらず
すべてがスムーズでした。


その数年前、トロピカル暴風雨で
ヒューストンが洪水になったことがあります。

私は車を運転し子どもを学校に迎えに行く時でした。

ほんの10分ほどの距離ですが、雨が急激に降ってきて
(まずい)と感じたので、高台になっている
コンビニエンスストアーの前の駐車場に、車を停めて待ちました。

しかし、他の人たちはちょっとくらいの雨や洪水なんて
平気だと侮ったのか、高台はまだ空いているにも関わらず
そのまま車を走らせていました。

特にSUV(スポーツユティリティー車)の人たちは
そのくらいへっちゃらとドンドン行っていました。

数分もすると洪水は酷くなり
多くの車が水に浸り動けなくなりました。

そして、今度は動けなくなった車が
クラクションを鳴らしたり
窓を開けて大声でどなったりしているではありませんか。


アホです。


あまりにも普段、満たされすぎた生活をしているために
人間の力でなんとでもなるという慢心が
このような事態を引き起こしているのだと思いながら
私は高台からその様子を眺めていました。

ハリケーン騒動でも、どうやら同じことが起こったようです。

都会で満たされた生活をしすぎていると
直感を失ってしまうのでしょうか?

自分だけは大丈夫という慢心からか
多くの人たちはすぐに行動せず
市長から避難の警告が出てしばらくしてやっと避難を始めました。

そしてその時点で避難を始めた人たちは
高速道路に20時間近くはまってしまい
ハリケーンそのものの被害よりも酷い苦痛を
味わうことになってしまったようです。


しかし・・・とっても不思議な気分です。

結局、ハリケーンは東にそれて
当初予想されていたようにヒューストンに
直撃しませんでしたが、これまで普通に生活していた人生が
数日で急にひっくりかえるのですから。


緊急事態の報道がされ、バタバタと避難の用意をしていた時
私はあるメッセージを伝えるように指示されました。
(神様からかな~?)

   - 次回につづく -


 世界に通用する教育は誰にでもできます
 メンバーズ登録で、<無料>にてご提供します!



 



▼ 編集後記ー@英語本スタッフー

自然の営みに比べれば、文明なんてちっぽけなモノ。

もう20年くらい前になりますが
札幌ではとんでもない大雪のせいで
完全に交通網がストップしたことがありました。

一晩にして車はまるごと埋もれ、道路も寸断。

その日はさすがに、ほとんどの人が仕事に行くのをあきらめ
除雪作業にいそしんでいました。

その日の空気が澄んでいたこと!

驚いたのは、そんな日でさえ出勤しようと
歩いているオジさんたちが、いたことです。

緊急時には「自分にとって一番大切なモノは何か」
ということが、明らかになるものなのかもしれませんね。